その9「ストーマ」

退院後「ユーエフティー+ホリナート療法」と言う「術後補助化学療法」に突入。 飲み薬のユーエフティーとホリナート「タイホウ」を一緒に服用することで 手術後の再発を予防。 1日3回、約8時間ごとに服用。これを半年続けます。 その間、CTやレントゲン、血液検査を定期的に受けます。 半年続けるということは7月末まで服用することになり 当初は「4月にストーマを戻す」という予定だったので 3〜4ヶ月先に延びたという感覚でとてもがっかりしたです。 一生ストーマ(人工肛門)を着けて生活してる方も沢山いらっしゃるので 言いづらかったりもするのですが、ストーマとの付き合いは慣れるまで本当に大変。 ストーマの管理や装具の交換が上手くできないと落ち込みます。 たとえば、上手く装具を貼れないと、皮膚のしわのあたりから便が漏れることもあるのね。 外出時に漏れると本当に落ち込むんだよね。 なので俺は外出時も常に何かあったら交換できるように「替えのストーマ装具」や交換に必要な道具を常に持ち歩いてた。 交換する時や破棄する時は「多目的トイレ」を利用。 見た目が健常者なので「多目的トイレ」の出入りは気を使ったです。 「和式トイレ」は便を廃棄するのがとても苦労するのね。 定食屋さんとかでトイレ「和式」だとこれまた落ち込む。 なので健康になった今も「和式トイレ」を見ると ストーマつけてる人のこと想像しちゃって胸が苦しくなる。 俺は割とピタッとした服を着るのが好きなんだけど ストーマあると着れないのね。 だから基本ダボっとしたパーカーを着てた。 早くピタT着たいなぁ、って思ってたな。 そういったストレスと向き合

その8「人生最弱」

2018年1月8日 遂に悪性腫瘍の切除、摘出手術の為に入院です。 歌でいうと「サビ」。 今回の手術は悪性腫瘍のできた腸を25Cm、 膀胱の浸潤のあった部分を切除して摘出すると言う手術。 大腸の摘出手術において尿管を傷つけてしまうケースがあるらしく、それによって瘻孔(他の腹部臓器に通じる異常な通路)の形成、膿の蓄積(膿瘍)、尿管の狭まり(狭窄)、尿の流れの閉塞、尿の持続的な漏出や尿路感染などの合併症が発生する可能性があるらしいのね。 なので腎臓と膀胱を繋ぐ尿管に、直径 約2mm、長さ約30cmのステントという管を入れて、万が一尿管が傷ついても尿が漏れないようにするために「両側尿管ステント留置術」と言う手術をすることになった。 手術の前日、この手術をする為、バスで「虎ノ門病院 本院」に行きました。尿道からステントを入れ尿管に留置する手術は局部麻酔で30分くらいで終わった。 手術室を出て看護師さんに「歩いて帰れますか?」と聞かれたので「はい」と答え少し歩いたんだけど、脂汗が出来てきて、立ってるのも辛いほどクラクラしてきてさ。術後30分くらいでバスに乗って「分院」に戻る予定だったけど、あまりにも辛かったのでベッドで休憩。ところが1時間経っても2時間経っても一向に楽にならない。おしっこは真っ赤な血尿。 実はこれが今回の治療の中で一番辛かった。 いつまで経っても楽にならないので、頑張ってバスに乗り、脂汗垂らしながら分院に戻ったんだけど結局ずっと辛かった。 女性の生理の重いのってこんな感じなのかな、って思った(笑) 腰もズシーンと重かったし。 このステントは悪性腫瘍の切除、摘出手術の数

その7「副作用」

11月9日から12日 エルプラット・FOLFOX療法にて3泊4日の入院 11月17日 外来でアービタックス。 アービタックスは1クールなのでこれで終了。 副作用はどんどんあらわれました。 ●ニキビのような発疹 ●肌の乾燥 ●発熱、疲労感 ●色素沈着 ●食欲不振 ●抜け毛 食欲不振、おまけに味覚障害になったのか 体に良い味の薄いものがマズく感じるようになった。 病院の食事は本当に食べれなくてね。 入院中はほぼ食べれなくてゼリー系を食べてた。 体重がどんどん落ちてった。 疲労感なのか倦怠感なのかわからないんだけど ちょっとしたことがしんどく感じた。 バス停でバスを待ってる時にすごくしんどくて椅子に座ってたら 足の悪いおじさんが来て「何座ってんだ」的な顔をしたから席を譲ったけど 絶対俺のが重病だ!って思ったもんなww 駅のホームの上りのエスカレーターって混んでて全然進まない時あるでしょ? 並んでて全然進まないやつ。 あれもしんどくてさ。 そん時思ったんだよな、本当にしんどい人がちゃんとエスカレーターに乗れてるのかなぁ、って。 元気になったら混雑時のエスカレーター、基本乗るのやめよう、って。 健康のためにも良いしねww 肌の乾燥もすごかったよ。 自分の腕をさっと撫ぜると荒れた肌がファッっと大量に飛び散る感じ。 これは病院でお薬(ヘパリン類似物質油性クリーム)もらってケアした。 あと手も足も指先が黒ずんだ。 顔には黒い発疹が沢山できた。 この頃はずっとマスクしてたなぁ。 髪の毛も結構抜けた。 看護師さんは「副作用が出るのは抗がん剤が効いてる証拠」って言ってた。 なので、確かこの頃だったと

その6「クビ」

俺が受ける抗がん剤治療は2パターン。 <アービタックス> 静脈から点滴によって投与。 投与時間は初回が2時間程度、2回目以降1時間程度。 アレルギーの予防薬を投与してからアービタックス投与 これを外来で2週間置きに1クール(1ヶ月) <エルプラット・FOLFOX療法> 静脈から点滴によって投与。 「吐き気止め・30分」 ↓ 「エルプラット、レボホリナート・2時間」 ↓ 「5-FU・22時間」 ↓ 「レボホリナート・2時間」 ↓ 「5-FU・22時間」 投与時間は48時間30分なので 投与するために入院します。 これを2週間置きに2クール(2ヶ月) 但し効かなかったら継続します。 10月25日から29日(3泊4日の入院) エルプラット・FOLFOX療法の為、入院。 まずは「腕」から静脈にカテーテルを入れるんだけど 俺の静脈は細くてクネクネしてるらしく入れるのに苦労してた。 カテーテルを入れるのは主治医の先生じゃなくて二人組の助手の先生。 助手A「カテーテル入らない、上手く入らないなぁ」 助手B「これ入らないとクビだな」 まじか、俺の静脈が細いせいで、上手く入らないと この先生達クビになるのかぁ、、申し訳ないなー、って思ってさ。 でも時間かかったけどなんとか入った。 「入ってよかったっす!俺のせいでクビって申し訳ないし」 って言ったら 「??」 みたいな空気が一瞬流れて 「いやいや、入らなかったら僕らがクビになるんじゃなくて 尾上さんのカテーテルを入れる場所が首になるってことですよ」 あー勘違い、、アンジャッシュか! 笑っといたけど、めちゃ恥ずかしかったww で、病室に戻ってベッド

その5「癌どこ??」

2017年10月6日 入院初日から食止めだったけど ストーマをつけたので1週間ぶりの食事。 五分粥だったけどとても美味かった(^。^) ストーマのケア、取り替え等を徐々に練習。 出来るようになったら退院なんだけどその間、検査の連続。 まず胃カメラ。 大嫌いな胃カメラ。 鼻から入れるやつもあるんだけど 俺は口からだった。 ちーーん ゲーゲー オエオエ 大きな問題はなかったんだけど ピロリ菌いたっす。 続いてバスで虎ノ門病院 本院に行って 膀胱鏡の検査。 尿道から内視鏡を挿入し、膀胱内粘膜の異常や膀胱壁を観察する検査。 尿道からカメラ、痛い痛いって聞いてたんだけど 痛さよりも恥ずかしさが勝ったねww なぜ膀胱壁を検査したのかと言うと 癌を発見するきっかけが「排尿の異常」だったでしょ? おしっこすると痛い、ってやつ。 S字結腸と膀胱ってお隣さんで俺は腫瘍が大きくなり過ぎて 膀胱にぶつかってたの。で、膀胱壁が炎症を起こしておしっこすると痛かったのね。 膀胱浸潤(しんじゅん)って言うのね。 浸潤とは、がん細胞が直接に周囲の組織や臓器に広がっていくこと。 転移の一歩手前って感じかな。 で、どの位膀胱壁に影響があるのかを検査したのです。 そして大腸内視鏡検査。 CCDカメラを装着した細い管を肛門から挿入し観察。 組織を採取し顕微鏡検査をして細胞を詳しく検査。 口からカメラ おちんちんからカメラ お尻からカメラ カメラ入れまくりww なんて呑気なこと言ってたら大問題勃発!! 大腸内視鏡検査の結果、癌が見つからなかったのです。 どーーゆーーことーーー!!!! 癌が見つからなかったら抗がん剤治療も

その4「言えよー」

2017年10月3日 人工肛門造設手術当日 手術室に入る時も落ち着いてた思う。 今、振り返って思うんだけど 病室に来る看護師はおねーちゃんが圧倒的に多いんだけど 手術室はおばちゃんが多かったのね。 おばちゃん、安心感あるねー。 なんだろうな、あの安心感。 ビバおばちゃん!! 手術室にクラシック音楽が流れてた。 前日、手術室看護師が病室に来て 手術室で好みの音楽をかけれる、って言われて クラシックをお願いしたのね。 精神的に落ち着くかな、と思って。 心電図モニター装着して 背中に痛み止めの管を入れて で、硬膜外麻酔して それから大トリの全身麻酔。 口元にマスクを当てて 数字を数える、って言ってたなー、 って思ってたら寝てた(笑) 速攻ww 麻酔から目覚めたら手術が終わってた。 2時間弱だったらしい。 手術中、呼吸を助ける管を口から入れるんだけど 目覚めと同時に抜いた。 これはっきり覚えてる。 なんで覚えてるかって言うと ゾンズの久美さんが手術で管を抜くときに 喉を痛めて歌うのにしばらく支障があった、って俺の彼女が聞いてたらしく 「歌うのが仕事の人だから管を抜くときに慎重に抜いてください!」 って手術室看護師にお願いしてるとこ聞いてたから。 術後、それ以外のことは実はあまりよく覚えてなくて。 唯一はっきり覚えてるのは体温が40℃くらいまで上がって 「この熱で癌細胞死なないかなぁ」って思ったことくらいww ちなみに術後すぐの高熱は感染に対する防御力をぐんと高める効果がある 「よい熱」らしいです。 翌日 体にいっぱいいろんなものがくっついてた。 心電図、血圧計、酸素量を測るクリップ、点

その3「治療方針」

2017年9月28日「虎ノ門病院 分院」 緊張の面持ちで診察室の扉を開く。 主治医となる森山先生が僕に告げる。 「癌です。S字結腸癌ですね。 腫瘍が大きく腸閉塞寸前ですので すぐに入院してください。 今日から入院できますか?」 あっさり告げるなー、って感じたくらいで さほどショックもなかった。 「あぁ、やっぱりな」って感じ。 診察室を出て付き添ってくれてた彼女に告げる。 「癌だって」 彼女は平然に見えたけど 後々聞いたら泣くのを一生懸命我慢したって言ってた。 頑張って気丈に振舞ってくれていたんだよね。 一度帰宅。 彼女が入院の準備をほぼしてくれた。 入院手続きも彼女がしてくれた。 とても心強かった。 再び病院へ。 病室は「406号室」 ちょっと惜しいな、って思った(笑) しばらくすると森山先生に呼ばれ 治療方針を聞いた。 病名 S状結腸イレウス S状結腸癌 進行 ステージ2〜4 結腸癌は切除不能な段階まで進行している。 現状腸閉塞寸前で食事を口から取れなくなるので 人工肛門をお腹に増設する腹腔鏡下手術をする。 後に化学療法(抗がん剤治療)で腫瘍を小さくして切除。 それから再発しないように術後補助化学療法をして 問題なければ人工肛門を閉じる手術をする。 先生のプランでは上手くいけば7ヶ月後の4月くらいには治療が終わる。 ただあくまでも予測。 だって抗がん剤が効くかどうかもわからないし 効いたとしてもその期間も予測できない。 入院時の僕の腫瘍マーカーの数値は48.0ng/ml 基準値は5.0ng/ml以下なのでめっちゃ高い。 この数値がある程度の目安になるんだけど 数値を下げるのに

その2 「遠回り」

三軒茶屋第一病院、泌尿器科では 尿検査と血液検査を受けた。 確か、腎臓や肝臓も血液検査で調べておこう と言うことだったと思う。 すべて異常なし。 排尿障害改善薬を処方してもらう。 一瞬安堵したんだけど、 じゃぁこの排便や排尿の異常はなんなんだ、ってなるでしょ? 薬は全く効かないし、排尿はどんどん痛くなってくので セカンドオピニオンを受けようと決めてね、 赤坂の山王病院の泌尿器科に行った。 検査は同じく尿検査と血液検査。 すべて異常なし。 「前立腺癌」「前立腺肥大」の可能性が消えた。 それでも安堵感は全くなし。 ひょっとして排尿の方じゃなくて排便の方に問題があるのかも、って思ってさ そういえば「痔じゃない?」って言われてたなぁ、 確かに肛門のあたりもヒリヒリするし、やっぱ「痔」なのかも! つって所属する野球チームで「痔ろう」を患ってる友達に症状を聞いたら いくつか当てはまるところがあったので こりゃ「肛門科」に行くっきゃない!って思った。 2017年9月19日 港北肛門クリニックにて痔の診察してもらう。 異常なし。 あぁ、完全に追い込まれた。 「大腸内視鏡検査を受けてみますか?」 と言われたので1週間後に予約。 2017年9月26日 大腸内視鏡検査を受ける。 まず大腸をキレイにする下剤を2リットル飲む。 ↓ 何度かトイレに通うと、液体のような水様便になる ↓ 大腸がキレイになったらいよいよ検査。 なんだけど僕はキレイな水様便になかなかならなくて 仕方なしに「検査してみましょう」と言うことになってね。 肛門から内視鏡カメラを入れるんだけど S字結腸付近でカメラを奥に入れようとすると

その1 「異変」

はじめに 2017年の10月に「大腸癌」と診断されました。 悪性の腫瘍はとても大きく「腸閉塞」寸前だったので 緊急手術で「ストーマ・人工肛門」をお腹に造りました。 それから約2ヶ月の抗がん剤治療を受け 「悪性腫瘍」が小さくなったところで「腫瘍の摘出手術」を受けました。 そして「術後補助化学療法」の抗がん剤治療を半年受け、 再発がなかったので「ストーマ・人工肛門」を閉じる手術を受け、 約1年の治療を終え「寛解」となりました。 それから1年の月日が流れ、定期検診も問題なく今は以前にも増して元気です。 音楽も創作活動も野球もとっても楽しく、充実の毎日を元気に過ごさせてもらっています。 僕が癌と対峙しながらどんな気持ちでいたのか、 どんな風に癌が見つかり、どんな風に治療して、どんな風に元気になっていくのかの詳細を 今日より数日にかけてブログに綴ります。 かなり赤裸々に、極力明るく(笑) 日本人は2人に1人が癌にかかり、3人に1人が癌で死ぬと言われています。 今や「国民病」とも言われる癌ですが不治の病といわれていたのは昔のこと。 医療技術の発展により、適切な治療を受けることで完治する例も飛躍的に多くなりました。 俺、私、癌じゃないのかなぁ、と思ってる人、 つい数日前に癌を宣告された人、 今も癌治療を受けて頑張っている人、 これから癌にかかってしまう人も沢山いるのだろうと予測されます。 そんな方々の為に少しでも俺の経験が参考になれれば お役に立てれば、と思い綴っていこうと思います。 その1 「異変」 2017年の3月。僕の体重は72.8kg。 身長が177cmなので決して太り過ぎじゃないん

残り火

とても眠い。 勇気を持ってBLOGをお休みしようと思ったけど 勇気出ませんでしたww 今週は寝不足もあってか疲れがとれない。 今日、東京はとても涼しかったよ。 日も短くなった。 18時ちょい過ぎるともう暗い。 高校野球も終わったね。 大阪の履正社が4番井上くんのスリーランホームランなどで優勝した。 井上くん体格、プロレベルにでかい。 阪神に来ないかなぁ。 阪神といえば横浜に三連勝した。 とても気分がいい。 夏の終わりって なんで格別に寂しいんだろうか。 四季で一番ホットでバカヤローだからなのかもな。 祭りのあと ライブのあと ホットでバカヤローであればあるほど 華やかであればあるほど そのあとは格別に寂しい。 今、線香花火の最後のチリチリしてる感じだね。 あぁ このまま 2019年、令和の夏が終わってくんだなぁ。

諷花

もう13年も前になるんだなぁ。 2005年2006年にプロデュースしていた 女性アーティスト「諷花」と超久しぶりにメシを食った。 マノマナイトが復活するにあたり 過去のマノマナイトの資料を引っ張り出して 諷花と一緒に作り上げた音源を聞いてさ、 ちょっと興奮したんだよね、カッコ良くて。 もう随分昔のことなので記憶も曖昧なんだけど 港区の田町駅で初めて会ったんだよね。 お互い根暗同士ということもあって(笑)割とスッと意気投合ww 彼女の言葉とメロディーのセンスに速攻惹かれたし 何よりステージでの存在感に魅せられた。 彼女はロックンロールに一番必要な要素を しっかりと持ってる。 カッコいい、ってやつをね。 ここんとこ彼女の活躍は小耳に挟んでいたし 俺も本格的にマノマナでプロデュースを再開して あの頃よりも意味のある面白いことが出来る自信がついたってのもあって 「今、諷花と成す化学反応」にめちゃ興味が芽生えてさ。 とりあえずメシでも食おうかと(^。^) お互いの現状がもたらした再会に とても意味があったな、と思える数時間だった。 きっと面白くなる 面白くなる だってさ、彼女は今もしっかりと 持ち続けてたもの。 カッコいい、ってやつをね。

2019ママンゴライブ終了!

マママママンゴー ママママママンゴー ママママママンゴーだよー♪ ジャンガポッポママンゴ 2019年、令和一発目の夏ライブ終了!! 舵取りマスター「オレンジ」は家族への愛を歌い 副船長「レッド」は「それぞれの事情」で重大発表(笑) 最後は3人ともツナギから浴衣に着替えて 「イエロー」船長がギターをかき鳴らし歌い上げました。 かき鳴らしたっけか??(笑) みんなの熱気がムンムンで クーラー効かないほど暑かったけど その暑さは心地よかったです! めっちゃ楽しかった^_^ あまりに疲れすぎて 打ち上げで全然お酒飲めなかった 緑茶ハイ1杯も飲めなかったしね(笑) でも心地よい疲労感です^_^ 2019年の夏は これにて終了ぉぉぉお!! 来年は船でやるぞーーー!!!! それとも今年、もう一回くらいやるか?! 関西でもやりたいなぁ〜〜!! 2019.8.19 JUNGAPOP mamango セットリスト 第1部 01 ママンゴ号オープニング<3人> 02 LOVE ME DO<3人> 03 お猿さん<Jr> 04 愛しい人よ<一平> 05 夕暮れの時<Jr> 06 恋の終わりの始まりに<一平> 07 掘ってるカリホルニヤ<良治> 08 ららら<一平> 09 カッコつけようぜ<良治> 第2部 01 心の旅<良治> 02 宇宙の彼方<一平> 03 抜くべきだ<一平> 04 死ヌマデズット<Jr> 05 ありがとう僕の人<一平> 06 50回目の神経衰弱<Jr> 07 アミーゴ<Jr> 08 モアモアサマーデイズ<一平> 09 ママンゴ号エンディング<3人> アンコール 01 戦争を知らない子

場所依存、人依存。

「癌からの復活」を今日から連載で綴ろうかと思ったのだけれど 今日は年イチのママンゴのライブだし なんか病気のこと綴るのもなんだかなー、と思ったので ママンゴライブ終わって落ち着いたらにしようかと思いました。 世の中はお盆休みが終わって がっつり仕事しだすのだよね。 特に夏っぽいことしなかったなー。 まぁ、毎年しないけどww BBQくらいしたかったなー。 夕方に食料の買い出しに行ったんだけど なんかそそるハーゲンダッツが売ってたから買っちゃったww まだ食べてないけどww 最近、食料の買い出し、なんかいっぱい買っちゃうんだよなー。 今日の夕飯はペペロンチーノを作った。 一平風ぺぺはキャベツにウィンナーか鶏のささみを入れるんだけど 今日は鶏の胸肉を買って入れてみた。 一平風ぺぺは見た目は焼きそば見たく見えます(笑) 味はまーまー美味しいです。 パスタはもっぱらぺぺかジェノベーゼを作ります。 ジェノベーゼはなかなか美味しく作れませんww ジェノベーゼが一番うまいのは五右衛門かなぁww 先週、木、金、俺的に結構飲んだので 昨日も今日も完全にお酒抜きました。 昨日の夜なんか野球のメンバーと焼肉食いに行ったのに(笑) まぁでも焼肉でお酒全然飲みたいと思わないけどね。 がっつり白飯食いたい派なので。 肉と大盛り白飯でテンション上がるww テンション上がると言えば 最近気づいたんだけど 俺、あんま場所に依存しないなー、って思ってたのね。 場所より人に依存する。 何処に行くか より 誰と行くか 何を見るか より 誰と見るか だからひとり旅もしないんだと思う。 場所で気分上がるとこ

告白

実はちゃんと言わなきゃいけないことがあってさ。 ソロライブやラジオ等、一部で話たりしてたけど もうそろそろちゃんと言おうと思ってね。 2017年12月5.6日に開催を予定していた JUNGAPOP20周年記念ライブの公演を中止した理由なんだけど 俺の「突発性難聴によるもの」って発表されたでしょ。 あれ本当はね 「大腸癌」だったの。 しかもステージ3A、まーまーヤバめww 癌であることを告げられてから 寛解するまでの流れをサクッと紹介するね。 2017年の9月29日に「大腸癌」であることを告げられて即入院。 悪性腫瘍が手の拳ほど大きく腸閉塞寸前だったので 「ストーマ(人工肛門)」を付ける手術をしたの。 お腹に便の排泄の出口を作るのね、これでご飯が食べれるようになる。 続いて「抗がん剤治療」をスタート。これを2クールやるの。 俺の抗がん剤はカテーテル入れて注入するのに48時間かかるので 抗がん剤入れる為に入院するの。 2017年の10月から12月まで入退院を繰り返したよ。 ありとあらゆる副作用が出たけど 一番辛かったのは味覚が変わって ご飯が本当に美味しくなかったこと。 そうゆうこともあってみるみる痩せてった。 でも抗がん剤はめちゃめちゃ効いてね ちゃんと2クールで腫瘍マーカーの数値が下がっていってさ。 で、2018年の1月に悪性腫瘍の切除手術をしたの。 腸を25センチと膀胱の一部を取った。 で、ここから癌が再発したりしないように 術後補助化学療法という 飲みの抗がん剤治療を半年やりながら定期検診で 状態をチェックしてもらう。 で、2018年8月時点で再発しなかったと言うことで 「

今年イチ飲んだ。

飲んだわー 呑んだわー 17時から最終まで飲んだわー 錦糸町で打ち合わせがあったんだけど まぁ飲みつつ的な感じで。 あんま飲まないつもりだったんだけど これからのマノマナにとって ちょっと面白くなりそうな話だったので 嬉しくなって調子こいて飲んでしまい。 んでペチコートレーンのともこちゃんと バーサラカで待ち合わせしていたので移動。 最初はゆるりと飲んでたんだけどジュニアも合流。 ママンゴコンプリートww その後ミーメグも来て気がついたら ボロボロになるまで飲んで 最終電車一駅乗り過ごして タクシーで帰って そこから熱いお風呂に入って 阪神VS巨人見て デザイン仕事ちょっとして ブログ書いて寝ようと思ってたんだけど 帰宅後5分で寝てた。 目が覚めたら朝7時前。 二度寝しようと思ったんだけど なんか寝れなそうだったので ブログ書いて 熱いお風呂に入って 阪神VS巨人見て デザイン仕事ちょっとしようと思いますww 今日、15時から野球。 それまでにお酒抜けるかなぁww もうしばらくお酒いらない。 今日の夜、野球メンバーと焼肉パーティーだけどww #jungapopmamango

過去から学ぶ日

終戦記念日。 8月は日本人が平和であることを過去から 沢山学べる月。 音を重ね合わせたり お酒を飲みながら音楽や恋愛の話ができる 平和な日々をありがとうございます。 平和も民主主義国家も 昔の人たちが命を投げうって誕生したもの。 その背景から学ぶことはとても大事だと 最近つくづく思います。 歴史から教訓を学ばぬ者は、 過ちを繰り返して滅びる。 ウィンストン・チャーチル 過去から学べない者は、過ちを繰り返す。 ジョージ・サンタヤーナ 過去に目をつむる者は、現在も盲目であり、 未来も同じ過ちを犯すだろう。 ヴァイツゼッカー 我々が歴史から学ぶことは、 人間は決して歴史から学ばないということだ ヘーゲル 歴史は繰り返す、と言うでしょ。 それはやっぱ 歴史から教訓を学ばない人たちが いっぱいいるってことだよね。 歴史を知ろうとしない人もいっぱい。 今日はママンゴのリハ。 リョージあにきとジュニアと音を重ねて 音楽を作りあげてく感じ、とても好き。 そこで交わす低俗な会話も大好きww のちに蓑さんも合流して カレーラーメンつけ麺を食べたんだけど その時間もとても尊かった。 夜はミーメグとボイスパーカッショニスト 小野アヤト君が経営する恵比寿のBarで 音楽の話やら恋愛の話やらを ハイボール飲みながらした。 すんごく楽しくて時間はマッハに過ぎてった。 帰りの電車、一駅乗り過ごした。 ギリギリ最終電車があったので反対ホームに移った。 Joe CockerのYou Are So Beautiful を聞いた。 大好きな人と過ごす時間は格別。 なんてことのない小さな喜びも小さな悲しみも 平和の上

恋の終わりの始まりに

江ノ島の海を 遠く眺めてる シーキャンドルにて 夏の風が吹く 君は優しげに そして寂しげに 微笑みを浮かべ 明日を描いてる 気付かないまま 時間が流れてくよ わからないまま 君が手を振ってる 波の音に君は 何を感じてる? 波の音に僕は 今を感じてる 確かな幸せも 不確かなものね 君はそう呟いた 恋の終わりの始まりに 弁天橋から 写真を撮り合い お揃いの箸に 心躍らせる もうすぐ終わるよ 幸せが始まる 何も疑わず 僕は信じてた 遠くを見ていると つまずくことが増える 足元を見てると 明日を見失う 陽の光に君は 僕を見つめない 陽の光に僕は 君だけを見てる 揺るぎのないことも 揺らいでいくのね 君はそう呟いた 恋の終わりの始まりに

待つ男

昨日は お昼までの締め切りの映像制作を終え それから久しぶりに曲を書いた。 夕方から阪神戦を見ながら 布施明大将の秋から始まるツアーの パンフレット(32Pフルカラー)のデザインに取り掛かった。 8、9月はデザイン制作物が沢山あるので 取り掛かれるものからどんどん進めておく。 基本遅れる人 だったんだよね、俺。 人も仕事も。 締め切りは守れないし 待ち合わせ時間も守れない。 リハーサルも一番最後に行く。 女子も待たせる。 待たせる男 50歳過ぎたくらいかなぁ。 いままでの自分に辟易して このままじゃまじ未来ないな、って思い始めて 常に何かを変えたい、常に進化したい。 ってのが人生のテーマになった。 その結果 待つ男 になることにした。 今まで散々人を待たせたのだから これからはとにかく待つ。 先輩だろうが後輩だろうが待つ。 そして文句を言わない。 リハーサルも一番最初に行く。 制作物の納期も守る。 なんなら早めに提出する。 18時に渋谷のBunkamuraで待ち合わせしたとする。 待たせる男の頃は18時にBunkamuraに着くように家を出た。 今は現地15分前を目指す。 初めて行く場所は最寄りの駅に30分前に着くようにしている。 俺、割と方向音痴なのでww 時間は財産でしょ? 財産は盗んじゃダメだよね。 ドタキャンとか絶対無理ww 出来れば、色々と だらしなくない人でいたいかなぁ。 仕事も 時間も 恋愛も お金も 服装も 部屋も 食事も お酒も 身体も 心も 全てにおいてだらしなかったのになww どの口が言う、ってくらい思考が変わった。 つか全ては思考だよな。 こいつが変わら

めっさ眠い

今日はママンゴリハをリョージあにきと二人でやったです。 前半はほぼほぼアニキのギターの練習に付き合ってる感じでしたww コードの概念を教えてもピンときてなかったようなので ドラム的な観点からリズムに視点を置いて教えたんだけど やっぱりピンときてない感じだった。 なにでピンとくるのかなーーww 帰宅後は映像編集のお仕事。 締め切りが今日のお昼までで これ多分ギリだな、と。 なので徹夜覚悟だな、と思い 寝るのが朝なら夜の21時を過ぎてるけど 間食してもま、いっかと思い ポップコーンとブルーチーズを 赤ワインで流し込みながら仕事してたのね。 そしたら めっさ眠いww ウィン飲まなきゃよかった(笑) そういえば安いワインは悪酔いするって 誰か言ってたなーーーー。 もう今日は寝て、明日早起きしてやるか 今日頑張って、明日はゆっくりに起きるか 2秒悩んで←メチャハヤイ 寝ることにしたです。 あぁ、9時以降にどか食いしたから 本当は寝るの不安だけど まぁ世間一般お盆休みだし ま、いっか。 よくねーーーーーーww #尾上一平

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