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24年の時を経て復刻するソロアルバム「聖なる男」

ソロ活動の原点となった作品への想いを語る

iPPEi ONOE  Interview

聞き手/峠 優笑

聖なる男_よだれ君.png

24年前のソロアルバムを配信しようと思った想いを教えてください。

 

想いは色々ありますねぇ。一つじゃないんですけど、沢山話していいですか?(笑)

 

お願いします。

 

まずはファンの皆さんからの要望がきっかけです。「聖なる男」は1999年に限定発売して、在庫が無くなってから一切販売してなかった作品なんですね。なのでそれ以降、挿入されている作品を数曲リメイクしてるんです。なぜリメイクするかというと、現状の自分の感覚やスキルで作り直したい、という気持ちが芽生えるからなんです。これ、ミュージシャンあるあるで、そう言った気持ちでセルフカバーをするアーティストはとても多い。で、大抵は新しいアレンジでリメイクしますよね。「本当はこんな感じでやりたかった」的な意味合いも含まれてるんだと思うんです。僕で言うところのJUNGAPOPの「Honkey Zill」に収録されている「有楽町で逢いましょう」みたいなね。JUNGAPOPヴァージョンと昨年配信したソロヴァージョンはアレンジや世界観がだいぶ違う。ところが「聖なる男」からのリメイク作品はほぼアレンジを変えてないんですよね。「チャーミング」くらいかな、あとはほぼ原曲とイメージが変わらない。「音良くなりました」「綺麗にスッキリなりました」「ちょっと今風になりました」みたいな。それはそれで僕的にはちゃんとした意味があるんだけど、原曲との意味合いは全く違うんです。リメイクして音源化したものは「今ならもっといい感じに仕上げられます!」という「技術的に完成度の高い作品」で、原曲は「技術的には未熟だけど想いが剥き出しの作品」です。好き嫌いは度外視して「綺麗に整えられた良さ」と「整えられてない良さ」の違いなんですね。この原曲の「整えられてない良さ」「剥き出しの想い」を「音楽配信」と言う現在進行形の形式で届けたいと強く思うようになったんです。きっと昨年「24SONGS(24曲配信)」で過去作品を沢山リメイクしたのもあって、この想いが強くなったんだと思います。また今後、これを機に、僕の過去作品やJUNGAPOPの過去作品等をどんどん配信していきたいと思っています。

 

原曲の良さ、リメイクとの違い、について、より具体的にお聞きしてもよろしいでしょうか?

 

1999年に発売した「聖なる男」は、ずっとバンドマンとして活動してきた僕が「初めてソロアーティストとして制作した作品群」なんですね。JUNGAPOPが活動休止していた時期に制作しました。そのちょっと前の1996年に猿岩石さんが歌手デビューして発売した「白い雲のように」が100万枚以上売り上げたミリオンセラーとなるんです。そのカップリング曲「どうして僕は旅をしているのだろう」が作詞、秋元康さん、作曲が僕なんですね。で、この曲、5分超えるんです。印税って5分超えると2曲としてカウントされるんです。またラッキーなことにカラオケまで挿入されたので、シングル盤でカップリングなのに4曲分の印税が入ってきたんですね。1997年の春頃かな。見たことのないような未体験金額が口座にドーーーン!僕この時、事務所に所属してなかったので全額がドーーーーン!(笑)笑いが止まんない状態で、家賃65,000円の杉並区南阿佐ヶ谷のアパートから、家賃19万円の渋谷区表参道の新築マンションに引っ越しました(笑)まい泉の裏あたりのめちゃくちゃ良いとこ。

 

一夜にしてまさにシンデレラストーリーですね!すごいです。

 

それとレコーディング機材一式を購入したんですね。初期ジャンガポッポのメンバーは米米CLUBのドラマー、良治アニキとギターの得能さんで、彼らとデータのやりとりが簡単にできるように、彼らが所有しているのと同じシステムにしたんです。ところがジャンガポッポが活動休止するんですよ。

 

引っ越しもして機材も買って活動休止(笑)

 

オイオイ!ですよね。音源を一人でも作れるシステムが家にある。JUNGAPOPの活動を通して僕の歌に興味を持ってくれた人も一定数いる。でもバンドは休止、それじゃぁ、これきっかけでソロアルバムを作ってみよう!は、ごくごく自然な流れでした。

 

現在、ソロアーティストの活動も重要なファクターの一つとなっているので、良いきっかけとも言えますね。

 

そうですね。ただ、曲を作って編曲して演奏して録音する、ってのは高校生の頃からずっとやってきてるんだけど、本格的な宅録のシステムで録音してMIXして音を整える、というスキルは全然低いわけですよね。こうゆうのってやっぱり経験値で、その経験値を貯めるにはある程度の時間が必要。でも僕「やる!」って決めたらすぐやりたいんです。ずっとそんな風に無計画に生きてきちゃったので、とにかくまずカタチにしたいんですね。

 

計画に重きを置きすぎるとなかなか進まないこともあるので「無計画」だから進んだ、という良さはありますよね。まず0を1にする。

 

僕、未熟も大きな個性だと思ってるんです。未熟の良さって絶対あって。知識や経験は人生においてとても大きな財産なんだけど、時にその知識が邪魔して作るものの形が変わったり、どうしてもセーフティーゾーンに留まろうとしてしまったりね。知識がないイコール怖くない、だから進める、ってめちゃある。で、ちょっと踏み外したら落ちちゃう道を進む危うさ、Livin’on the Edgeから生まれるコトやモノを作り出す、表現する人を見て、人は興奮を覚えたりするんだと思うんです。

 

なるほどです。

 

音楽的な話でいうと、例えば半音のドとド#を同時に出すと音がぶつかってめちゃ気持ち悪いので基本避けるんだけど、ところが不安定さがめちゃ気持ちいい重なり方があるんです。編曲のスキルや知識が低かった頃は半音でぶつかってるってるけど「アリじゃん!」って作品いっぱいあったんだけど、「半音を同時に出すのは基本的に良くない」という知識を得ると、半音の不安定さの気持ちよさがロストする。それが残念だったりすることもあるんですね。なので知らない方が挑戦できるし、前に進めるし、刺激的な作品を作れたりする。それが未熟も個性、未熟の良さ、ってことなんです。

で、前置き長くなっちゃいましたけど、1999年に発売した「聖なる男」は、僕のソロアーティストとしての原点となる、未熟の危うさが魅力の作品なんだと思ってます。これが原曲の良さであり、リメイクとの違いです。

 

作品をお聞きして感じたのは、コンピューターで全てを制作してるのにアナログテープでレコーディングしたようなテイストに仕上がってる。

 

ゴツゴツしてるのに温かみのあるのがアナログレコーディングってイメージがあるんだけど、Beatles然りLed Zeppelin然り、僕は青年期にそういうサウンドに心地よさを感じてきたので、エフェクターやEQ等の音処理をアナログ系にしてしまうのだと思います。その感覚は今も残ってます。

 

一平さんの個性でもある多種多様なサウンド、アコースティック、ロック、レゲエ、J-POP、バラード等「ごった煮作品」ですね。

 

欲張りなので全部やりたい(笑)それでも全部尾上一平節になってると思うんです。それはやっぱり「モノマネしたくない」という気持ちが強いんです。先輩方が残してくれたサウンドを研究してそれに近づけば近づくほど没個性になるって思ってて。例えば「別れた後の恋人」ってJAZZ風にしたいって作ったんですけど、JAZZやってる人から「こんなのJAZZじゃねーし」って言われたとする。僕はそれに対して「それが良いんじゃんか!」って思うんです(笑)僕、モノマネしたいわけじゃないので。何かに近づけばつかずくほど僕じゃなくなる。

 

確かにどれも「尾上一平」のハンコがしっかり押されてると思いました(笑)私は「広い宇宙の片隅で」を聞いて、今までこの曲がこの世に埋もれてきたことが本当に残念だと思いました。めちゃ名曲だなと思いました。月9ドラマのタイアップついて大ヒットしててもおかしくないなって。

 

僕もそう思ってます(笑)ところが不思議なんですけど、僕この歌、ライブで1回も演奏したことがないんです。自分の代表曲となるくらいPOPな作品だと思っていたのに。これは自分でも良くわからないんですけど(笑)

 

それと「僕の詩」や「錨」のような実験的な作品も一平さんの個性を司っているなと思いました。

 

「錨」とかちょっとイカれてるな、って思いますよね(笑)当時、僕をデザイナーにしてくれた叔父がバイク事故で亡くなって、それで生と死をテーマに書いたので、書いたというか吐き出したというか、なので行き場もないし、解決もしてない痛さがあるのかなと思います。当時は正座して聞かないといけないような作品でしたが、最近やっと普通に聞けるようになりました。

 

「聖なる男プロローグ」で始まり「聖なる男」で終わることもあって、このアルバムはART性の強いコンセプトアルバムのようにも感じました。最後に、このアルバムをどんな人に聞いて欲しいか、どんな風に聞いて欲しいかを教えてください。

 

当時、この手作り感満載のCDをご購入いただいたファンの方と、今、僕の音楽を好きだと言ってくれるファンの方達の顔ぶれは随分と変わっています。現在、アーティストとしての僕という存在が気になっている人たち、応援してくれている人たち、そして全てのクリエーターに聞いて欲しいです。スターウォーズで言うところの「エピソード4/新たなる希望」実は原点はこうだったんです!的な位置付けの作品です。生活の中に綺麗に溶け込めるような作品群ではないのですが、美術館でART作品を見るような感覚でお聴きいただき、みなさんの感情が少しでも揺れ動いたらとても嬉しく思います。

 

今日はどうもありがとうございました。

 

ありがとうございました。

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