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4月1日から始まった61日間に及ぶ 「へやうた 毎日配信」が5月31日の22時に終了しました。


嬉しくもあり 寂しくもある 不思議な感情のもと

ひとり祝杯をあげながら このブログを書いてます。



奇しくも

ユーチューバーにならないと決め

自分の部屋でなんとなく歌い始めた日から 僕のユーチューバー人生が始まり


コロナ感染の影響で緊急事態宣言が発出され

歌う場所を奪われた僕たちと

音楽を体で感じる場所を奪われたオーディエンスにとって

部屋で歌うことに途轍もない意味が生じて

「んじゃ毎日歌ってみようか」なんつって歌い続けた61日間は

音楽家として本当に

本当の原点に戻れた期間でした。


自分が心の底から音楽を楽しみ慈しみ

収入がどうとか

利益がどうとか

どんな風に人に見られてるかとかってことよりも 純粋に歌いたい、表現したいと言う想いをベースに

作品を作り続けました。

その感覚は、中学、高校生の頃にかなり近かったです。



僕の多重録音は17歳から始まっています。

当時、レコーディングは

今みたいに自宅で簡単にできるものじゃなかったので

本当に選ばれた優れた人にしか出来ないことでした。 カセットによるマルチトラックレコーダー(MTR)さえない頃に

誰に教えられた訳でもなくカセットデッキによるピンポン録音(オーバーダビング)を思いつき

デモ音源を作り始めたそのころの感覚に「へやうた 」はとても近かったです。 その原風景にたどり着き

どんどん自分に負荷をかけた作品作りには

とても深い意味がありました。

どうして そこまで負荷をかけることが出来たのか?

17歳当時と圧倒的に違うのは

その作品を楽しみにしてくれた人たちが居たってことです。

楽しいだけではなく

作品を毎日楽しみにしてくれる人たちがいると言う肌感覚が

向上する気持ちや継続してく原動力だったと確信しています。 感謝ばかりです。 61日間、へやうたを楽しみにしてくれて

愛してくれて本当にありがとうございました。 ちょっと休んで

これからもどんどん面白い作品が

頻繁に配信できるように頑張ります。



ちなみに

18才の頃に親友の真くんと

カセットのピンポン録音で音楽作品を作りました。

そのタイトルが「夜霧よ今夜もありがとう」 僕にとっての「夜霧よ今夜もありがとう」は 終わりではなく始まりのきっかけの曲になりました。


18才から何かが動き始まったように

58才からきっと何かが動き始まることに期待を寄せつつ

今夜は筆を擱きたいと思います。




愛と愛と愛を込めて

XOXO


iPPEi ONOE


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